2012-11-12

近年、異常とも思える災害が頻繁に起こっています。確かに私たちは不安定な時代に生きています。私たちの未来に一体何が待っているのか、予測がつきません。主は福音書の中でこうおっしゃっています。「目を覚ましていなさい。その日、その時はだれも知らない。」

私たち自身の力だけではどうしても乗り越えられないことがままあります。その一つが死です。私たちは死から逃れたり、死をコントロールすることはできません。この地上に生きている限り、死のあとにやってくることを、人は実際に経験することはできません。確かなことは、いつか私たちは死を迎えるのですが、私たちの魂は生き続けるということです。魂は不滅だからです。死のあとすぐに、私たちの働きと信仰の度合いによって、それぞれがその報いを受けるであろうことは、黙示から承知しています。死ねばすぐ天国に行けることを、もちろん、だれもが望んでいるところです。しかし、神は汚れのない存在です。一方魂の中には浄化の火をくぐる必要のあるものがあります。そうすることで、天の至福を得るために必要な聖性を獲得することができるのです。教会はこの浄化の最終段階に煉獄という名を与えましたが、これは地獄に落ちた者たちへの罰とは全く違うものです。

そして11月は、特にこのように煉獄で苦しんでいる魂へ祈りを捧げる月となっています。これらの魂には私たちの祈りが必要で、この祈りによって、彼らは煉獄での滞在を短くすることができるのです。主よ、彼らに永遠の休息を与え、彼らの上にいつまでも光を照らしてください。