しかし、この日、喜びに満ち、歓呼の声を上げてイエスを迎えていたその同じ群衆が、数日の後、イエスをののしり、そしてイエスをゴルゴダの丘へと導くことになるのです。今日の勝利は明日の受難への確かな前兆となります。

ベネディクト16世の予期せぬ辞任の発表から一連のいろいろなことが起こりました。多分私たちはこの状況に適応するために、まだ十分心の準備ができていないようです。

教皇フランシスコは1週間ほど前、初めて次のような意味深いメッセージを送ってくださいました。「キリストが中心なのです!」と。そして「キリストなくして、ペテロも教会も存在することはなく、また存在する理由がありません」と言われます。「ベネディクト16世がよく言っておられたように、キリストは教会におられ、教会を導いてくださるのです。」 また教皇フランシスコは言われます。「最近起こっていることのすべてで、主に仲立ちをしているのは、よくよく分析してみれば、それは聖霊なのです。聖霊は教会のためによかれとベネディクト16世の決意を促されました。そして、枢機卿たちを祈りへ、また選挙へと導かれたのです。」 新しい教皇は、このことが最近起こっていることを理解するための鍵になると指摘されたのです。しかし、悪意のある者はだまってはいません。報道機関やその他あちらこちらで、新しい教皇の考え方や計画に関して誤った風説が多く流れています。それ故この時期、そういうものを目にして判断を下すとき、特に注意する必要があります。その情報の出所がはっきりしているかどうか、出所が明確な場合、それがもたらされた動機や出所の信頼性をどう判断すればよいか、十分注意する必要があります。

今、イエスの訪れの時を迎えたといえるのではないでしょうか。この主の訪れを良いものにできるかどうかは、私たち次第です。ですから、みなさん、私たちはしっかりと立っていましょう。そして主の苦しみの受難のおかげで、また、主が流された血のすべてによって、私たちが十分大きなお恵みを得たことを主に見ていただき、主に喜んでいただこうではありませんか。